カシミヤ・エッセイ・コンテスト入賞者発表


 

70件あまりの応募をいただきました。家族や近しい人とのエピソードでカシミヤの思い出を綴っていただき、心に響くものばかりでした。改めてエッセイをお送りいただいた皆様にお礼申し上げます。

スタッフの厳正な審査の結果、大賞と優秀賞は下記の方に決定いたしました。おめでとうございます!

  1. 大賞 1名  神奈川県 どんぐりころ代様
  2. 優秀賞 2名  富山県 中村亜里様, 東京都 ふーみん様 

  


   

 大賞: どんぐりころ代様

母とカシミヤ

  先日、実家のクローゼットを整理していると10代の頃によく着ていたキュロットスカートが出てきた。デパートで私が一目ぼれし、母が買ってくれたものだ。当時は父が入退院を繰り返して生活に余裕がなかった頃、それは高価すぎる買物だったはずだ。買ってもらってよいのか躊躇していると、母が言った。

「いいものは飽きないし、自然に大切にしたくなるから長持ちするものよ」

 まさに母がそうだった。量より質を選び、ずっと大切にする。私はその日のことを思い出すと、今でも胸がキュッとなる。

 母は幼い頃に父親を亡くし、母親が再婚し複雑な家庭環境で苦労して育ったと聞く。結婚後は病弱の父にかわり、一家を切り盛りしてきた。家事も子育ても手を抜かず、パートタイムの仕事をいくつもかけ持ち、いつも家族のために働いていたように思う。

私は、母が弱音を吐いたり寝込んだり、お洒落をして出かけたりする姿をほとんど見たことがない。そんな強い母を「お母さんは女じゃないね」と、兄とよく軽口を叩いていた。しかし、中学生の頃、学校の宿泊学習で着る洋服を買うためにいっしょにデパートに行ったとき、母の「女性」の一面を見たのだ。

 そのときに買ってもらったのが、このキュロットスカート。私の買物を終えると、母は婦人服の売り場に立ち寄り、ブラウスやセーターを手に取って身体に当てて鏡で見ていた。そのときのふっと頬を緩ませる表情に「お洒落をしたい」気持ちが出ていて、普段、自分のことを二の次にして家族を支えてくれているのを感じた。

母が何度も手に取っていたのは、臙脂色のカシミヤのセーターだった。

「お似合いですよ」

 店員が寄ってくると、母は照れ笑いを浮かべながらセーターを体から離した。家計が苦しいのはわかっていたが、思わず口に出た。

「買ったら?」

 母は苦笑して「また今度ね」と言い、セーターを戻した。その姿に同じ服ばかり着ている母が不憫になり、「いつか、カシミヤのセーターをプレゼントしよう」と胸に誓った。

 それからしばらくして、家庭科で編みものの授業があった。課題として、最後に作品を一つ提出することになった。上手な子はセーターや手袋を編んでいたが、不器用な私には無理。結局、いちばんシンプルな編み方でマフラーを編むことにした。そして、それを母にあげようと決めた。

さっそく毛糸を買いに行き、母がデパートで手に取っていたセーターと同じ臙脂色のカシミヤ製を選んだ。そして、母に見つからないようにこっそり編んだ。

 できあがったマフラーはお世辞にも上手なものではなかった。編み目の大きさがバラバラで、横幅は狭くなったり広くなったり。それでも手に取った感触はカシミヤ。母は喜んでくれるだろうか……でも、今の自分にはこれが精一杯、そう思うとため息がでた。

 家庭科の先生の評価はABCD判定で「B」だった。難易度的にも完成度的にも低い作品なのに、上から二番目の評価に驚いていると、先生が言った。

「腕のなさを他でカバーした点がよかった」

まず、毛糸にカシミヤを選んだこと、そして、同じ臙脂色の濃淡の毛糸を二本合わせて編み込んだ工夫を褒めてくれた。寒がりの母のために思いついたことだったが、それが功を奏したようだ。

 母にマフラーを渡すとひどく喜んでくれた。「カシミヤ!」と顏に当て、首に巻いて鏡の前に立ち、ニコッと笑っておどけた。

「すごく似合ってる」

 以来、寒くなると、母はどこに行くにもそのマフラーをしてくれた。そして、それは四十年近く経った今でも続いている。かなり古くなっているが、大切に使ってくれている。

 

 クローゼットの整理を終えると、母が出かける格好で私を待っていた。

「夕飯のお買物、いっしょに行かない?」

 首にはあのマフラーが巻かれている。

「いいかげん新しいマフラーにしたら?」

 母は首を横に振る。

「もったいない。老い先短いのにこれから新しいものを買ってどうするの」

 リュックサックを背負うと玄関に向かう。

「お母さん……」

 思わず声をかけると、振り返ってニッと笑う。

「これ、暖かいのよ」

 ハッとした。あの日、デパートで誓ったのに、私は母にカシミヤのセーターを贈っていない……。

もうすぐ母の誕生日。カシミヤのセーターをプレセントしよう。母は「もったいない」と怒るに違いない。そう言われたら、こう返そう。

「うんと、長生きすればいいでしょ?」

 


 

優秀賞:中村亜里

カシミヤを知ったのは高校生のとき。

 

読書によって、その素材を知った。作家・エッセイストである光野桃さんの著書のなかに、そのエピソードはあった。

 

光野さんは友人の恋の話に耳を傾けている。

その友人は、恋する相手とバーのカウンターに並んだとき、肘が触れるか触れないかの距離で、

とつぜん、化繊の服を着ている自分に違和感を持ったという。

もっと柔らかく、相手が触れたくなるような素材の服が着たい。そう思い立ち、選んだ服がカシミヤのニットだった。

恋の進展とともに、相手との距離が縮まるなかで、自分の肌に触れるものに意識的になったのだろうと光野さんは解釈する。

 

このエピソードとともに、カシミヤは私の心のなかに深く残った。

見たことも触れたこともなかったけれど、そのふんわりとした柔らかさを想像した。

十代の私にとって、カシミヤは大人の恋とセットになって、あこがれの存在になった。

 

二十代。アパレルブランドに就職し、はじめてカシミヤに触れた。

柔らかい。ふんわりしているのに、しっとりと肌に馴染む。やさしい。あたたかい。どきどきしながらそっと触れる。

その手触りに虜になり、お客様におすすめし販売するが、自分のものとして持つことはなかった。

高価ということもあるし、カシミヤは私にとって「大人の女性」が身につけるもの。

ニットやコートを鏡にあててみるが、なんだかしっくりこない。

手触りは大好きだけれど、シンプルすぎる?今の私には似合わない?

 

それから、カシミヤへのあこがれはどこかへ行ってしまった。

洋服は、素材よりも、凝ったデザインに惹かれるようになった。

細かい刺繍、パールやスワロフスキーのビジュー。繊細なレースのフリルやブランドのロゴ。

ぱっと目をひくデザインは、一瞬で自分を変えてくれる。周囲の目をひくことができる。

パーティーのように賑やかで、楽しい服たち。そんな服が入れ替わり立ち替わり、ワードローブの中を出たり入ったりした。

 

あるとき、ひとつの別れを経験した。長いつきあいの後の別れで、身に応えた。

毎朝起きるのがつらく、おしゃれをする気力も起きない。

クローゼットを開けても、着たい服がない。なんとなく手近にある服を着て出かける。

そんな日々が続いた。

 

そんなとき、ふらりと入ったお店でアクアブルーのニットが目についた。シンプルなカーディガン。

手に取ってみると、とても軽くふんわり柔らかい。懐かしい手触り。タグを見ると、思ったとおりカシミヤ。決して安くはないけれど、、。

その柔らかさに包まれたところを想像すると、ぽっと心があたたかくなった。

どうしても欲しくなり、はじめてのカシミヤを購入した。

 

数年経った今も、そのアクアブルーのニットはワードローブの中心にある。

肌に馴染んで、寄り添ってくれる。

傷心のなか、そのままの自分を大事にしたいと思ったとき、私はカシミヤにふたたび出会った。

あたたかく、柔らかく、心地よい。飾らない、自分自身でいられる。

 

年齢を重ねて、少女の自分があこがれた、カシミヤの似合う女性になりたいと思う。

 


 

優秀賞:ふーみん様

軽くて、ぬくぬくあたたかくて、着心地バツグン。

 やさしい色合いのさくら色のカシミヤセーターは、お気に入りの一着だ。

 すっぽり被ると、ふわっと明るく華やいだ気分になる。ズボンと合わせても、スカートと合わせても、スタイルよく決まって、うれしい。

 おまけに、普段辛口の幼い娘たちが、「かわいい、かわいい」と口々にほめてくれるから、気分上々! 自然と上機嫌になってしまう。

「ママ、だっこー」

 次女のおねだりで抱っこすれば、カシミヤをなでなで、すりすり。なかなか、下りてくれない。

 つづいて、長女も両手でさらさら撫でながら、「なめらかで、きもちいいー」と、うっとり。

 そういえば、私も子どものころ、母が大事にしていたセーターをよく撫でまわしたっけ。

 普段着ているセーターと明らかに肌触りが違くて、しっとりしていて、気持ちよかった。おでかけのときによく着ていて、「この服、好き」っていったら、「ありがとう、カシミヤっていうのよ」と、にっこり笑顔で答えてくれた。

 以来、カシミヤに対するあこがれは、どんどん膨らんでいった。

 そして、母になった今、憧れのセーターに身を包んで、子どもと手をつなぎながら街を闊歩している。日常の喜びを噛みしめながら、あのときの母と同じ、あかるい笑顔で。

 そんなある日のことだ。

 おでかけから帰ってきて、大切なカシミヤセーターをひとまずソファの上に置いておいた。ほっと一息ついてハンガーにかけようと思ったら、あらら? 消えてしまっている。

 辺りをきょきょろ見回してみれば、なんと隣の和室で眠る娘のお腹のうえにのっかっているではないか。さくら色のセーターを抱いて、気持ちよさそうにすやすや眠っている。どうやら、カシミヤの肌触りが気に入って、布団代わりに勝手に持っていったようだ。

 取り返すのは少し憚れたが、汚されたりしたら、困る。そこで、起こさないよう忍び足で近づいていって、

「ふうー、セーフ!」

 なんとか、ブランケットと取り換えることに成功した。

(くふふ。せっかくだから、カシミヤのブランケットを買おうかしら。娘たちの安らかな眠りを確保するのに、持ってこいだわ)

 あたたかくて柔らかいカシミヤに包まれて、家族なかよく寒い冬を過ごしたいものだ。